« 聞くの? 花嫁は厄年ッ!(最終回) | トップページ | 命の選択 純情きらり(151) »

2006年9月23日 (土)

笛子の場合 純情きらり(150)

_275 とうとう死の予感が 本物になってきちゃいました。

桜子の死 冬吾の死 赤ちゃんの誕生

生と死が交差します。

・・・・話はそれますが 原案者の津島佑子さんの本を 同世代ということもあって

読みつないでいた時期がありました。

好みからいったら 太宰治より好きでした。

 その時 父である太宰治の死に関して 多くの作家が書いているのを 読みました。

それで 太宰治の人間像が(真実はともかく) 私の中で 出来上がっていました。

 そして 思っていました。

 情死した作家の妻は 何を想い 今 何を考え生きているのだろうか・・・と。

 今回 原案の「火の山 山猿記」を読んで 初めて 太宰夫人がどんな人だったのか

 あの事件の前後の妻の 心持を知ることができました。

勿論 「火の山 山猿記」 は 作品ですから 本当のことばかりでは ありません。

そういうことを 差し引いても 娘の佑子さん(作者)が 書く

笛子さんの心は 太宰夫人に近いものだと思います。

マスコミにずたずたにされ 自分の殻に閉じこもって 孤独に沈む・・・

「時さえたてば」・・・・ (筆者 注ー 時がたっても昔の明るい笛子には 戻れない)

時がたてば 容赦なく なにもかも 移り変わり 昔の笛子はますます

遠くに消え去っていく。 笛子は自分の傷を足場に その後の自分を生きつづける・・・。

笛子のもって生まれた 「正しさ」を 敬愛すれば するほど 

その 「正しさ」 から 逃げ出したくなる・・・という

笛子にとっては 残酷この上ない パラドックスを抱えた夫・・。

・・・冬吾と笛子はあまりにも 妥協を知らない愛情で 互いに苦しめ合っていた。

                              「火の山 山猿記」 より

戦争という 大きなうねりを それぞれが全身で浴び もがき 笑い 苦しみ 泣き 

それでも 生き そして 人は死  人は生まれてくる・・・・

ドラマは 最後に 視聴者に なにを伝えたいと思っているのでしょうか。

 

たぶん・・・そう きっと わたし達が思っているとおりの 終わり方ね。(0^O ^0)フッ

|

「純情 きらり」」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/181168/12005926

この記事へのトラックバック一覧です: 笛子の場合 純情きらり(150):

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。