純情きらり 今にして思うこと
私 CMで宮崎あおいちゃんが出てくると 懐かしく
特別な視線をおくってしまうこの頃です。
「純情きらり」のことを 少し書きたいと思います。
勿論 個人的な感想ですから 異論もあるでしょう。
まァ そんな考えもあるかな と軽く受け止めて下さい。
「純情きらり」は 音楽と家族愛 という2本柱で 進行したと思う。
家族愛のほうは 役者の方々がとても上手で ホントに温かいものを
感じながら 毎回観ていました。
一方 冬吾は太宰治がモデルと視聴者に知れ渡っていたので
冬吾の扱いはむずかしかったと思う。
太宰に近づけば近づく程 その強烈な個性から 主人公は冬吾になって
しまう恐れがある・・・で 冬吾は 純粋な でも ある面 大人な人物像に
創り変えたのかな と思う。
(原案でも 冬吾は絵描きだが もう少しワガママで 桜子が結核になると
笛子が見舞いに行くのに いい顔しなかった。
笛子をとおして子供や自分が 結核になるのを 恐れたからだ。
あげく 女の人と死んでしまうー。)
ドラマの冬吾には 物足りなさも感じたけど これ以上は しょうがなかったでしょうね。
そして 音楽だけど 桜子が反対を押し切って
音楽学校に受験 浪人 合格・・・。
観ている人は みな桜子が 音楽学校に行くものと思ったとおもう。
戦争に翻弄されて・・・音楽の夢が 遠のく・・・・。
そして 味噌屋の若おかみになってしまう。
音楽に関する場面は 数多いのだけど 本質的な音楽への根本的な
執念がないため 桜子の音楽への執念がいうほど こちらに 伝わってこない。
もし 桜子がもう1度 音楽学校にいったら どうだったろう・・・
いかないまでも ジャズの世界に入っていったら どうだろう・・・
戦後の音楽の社会が もうすこし 描けただろうに。
私たちの知らない クラシックの戦後の歩み。
あるいは 上海バンスキングが物語るような 戦後のジャズの歩み
達彦とともに 歩んでもらいたかった。
そうすれば 冬吾は 桜子にヘンな関わり方をしないで もう少し
芸術家らしく 無頼でいれただろうし 桜子も 音楽の社会で
悩み 苦しみ 喜んだなら 死んでも 悔いはないのじゃないかな。
視聴者は納得するのじゃないかしら。
子供を残していく 無念さは別にして・・・。
桜子に音楽会 開かせてあげかかった。
「純情きらり」のテーマ曲が 桜子の作曲という 素晴らしい設定をいかして
テーマ曲に歌をつけて 音楽会に 笛子の子やその他 知らない子でもいい
みんなで 合唱させたら・・・・・などと空想する。
そして 桜子が力つきて END。
そうすれば 達成感も 子をもった喜びも 先立つ悲しみも そこで
集結するのじゃないかな。
先日 恩師が80才になっての演奏会に行ってきました。
術後で 指揮をする時以外は 椅子に座っていましたが
音楽への愛と執着は素晴らしいものがあります。
自分の世界をもてる人の幸せを つくづく思い知らされた1日でした。
ちなみに 原案では 桜子のピアノへこだわりは出てきません。だから よけいに
桜子にも もっと もっと 自由に 芸術の道を歩んでもらいたかった・・・
などと ワガママに つらつら思うのです。
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